2016年9月10日(土)〜2016年11月06日(日)

越境する絵ものがたり

 日本には室町時代後期から江戸時代にかけて、「絵ものがたりの時代」ともいうべき豊かな彩りに満ちた物語の絵巻・絵本が大量に生みだされた時期がありました。そこでは、愛すべき不思議で奇妙な登場人物が、至るところで活躍します。人間のみならず、神仏であったり、動物や妖怪など、異類と呼ばれるものたちでもありますが、彼らは物語りのなかで立ちはたらき、時空を超え、何ものかに変(へん)化(げ)し、世界を生みだす“越境”を遂げる存在です。今回の展覧会では、2007年に開催された「絵ものがたりファンタジア」をパワーアップし、初公開の個人蔵絵巻・絵本も加えて、絵ものがたりを“越境”という角度から読み解きます。
 ファンタスティックでダイナミックな絵ものがたり文芸の世界をお楽しみ下さい。

会期
2016年9月10日(土)〜2016年11月06日(日)
料金
入場無料
研究フォーラム「越境する絵ものがたり」
場所:地階研修ホール
総合司会:石川透
コメンテーター:阿部泰郎
9月17日(土)午後1時~午後4時30分
◎講演:高橋亨氏(椙山女学園大学教授)
「源氏の物語としての酒呑童子と王朝物語」
○展覧会を楽しむ―「越境」ワンポイント講座
 阿部美香 筒井早苗 藤井奈都子 龍澤彩
○研究報告
舩田淳一「『愛宕地蔵物語』の宗教思想」
鹿谷祐子「『人間一代戯画』について」
9月18日(日)
◎11:00~12:00 オープンレクチャー:小林健二(国文学研究資料館教授)
「神代物語の兄弟現る!」
13:00~
◎講演:齋藤真麻理(国文学研究資料館教授)
「姫君の育て方―御伽草子点景―」
○特集「児今参り」研究報告―新発見の白描絵巻をめぐって
江口啓子 鹿谷祐子 服部友香 末松美咲
展示解説
11月3日(祝)絵ものがたりファンタジアⅡプロジェクトチームのメンバーによる展示解説です

共催 名古屋大学人類文化遺産テクスト学センター 
   国文学研究資料館
※10月12日(水)から展示が替わります。

Ⅰ.聖域・異界 この世とあの世

 物語は、世界を越え、時空を越えてくりひろげられる人間の想像力の賜物です。それは、神話や聖典など、人類社会や宗教のよりどころとなる〈聖なる書物〉の主役となる、神や仏の身のうえにも語られます。彼らのさすらいや運命的な出会いや別れなど、そこに見いだされる物語は、じつに人間らしい喜びや悲しみにあふれています。 
 彼らのさすらう世界は、海中の龍宮であったり、絶海の孤島であったり、あるいは深い山の中であったりします。と同時に、誰もがお参りする親しい霊場でもあります。物語によって、世俗の巷(ちまた)からたちどころに神仏の〈聖なる世界〉や天狗などの住む異界に身をおくことができます。それこそ、物語の越境する力なのです。

<展示資料>
『神代物語』『釈迦並観音縁起』『釈迦の本地』『観音の本地』『愛宕地蔵の物語』


『かみ代物語』

『釈迦並観音縁起』




Ⅱ.女と男 子どもと大人

 昔話をはじめとして、人類のもっともあまねく共有するテーマとして、こどもから大人へと成長する物語があります。それは、誰もが必ず一度は経験しますが、なつかしくも同時に危うく困難にみちた想い出でしょう。それはまた、互いを女や男として初めて意識する、出会いや別れでもあったでしょう。それも、物語の大きな主題であって、こどもの主人公が、大人の男や女となる決定的なできごとでもあります。それは、通過儀(イニシエーション)礼ともいう、人間共通の習(なら)いが生み出した物語といえるかもしれません。
 絵ものがたりの主人公たちもまた、冒険にのりだし、恋にさまよい、苦難をのりこえて自らの人生をたどっていきます。彼/彼女たちは、ものがたりのなかでこそ、越境して何ものかになっていくのです。

<展示資料>
『住吉物語』『狭衣』『児今参り』『満仲』『中将姫』


『住吉物語』111-74

『児今参り』(ちこいま)

『満仲』(まんちう)




Ⅲ.旅するヒーロー

 越境するものがたりの主人公たちは、神話に根ざす英雄(ヒーロー)でもありました。ヤマトタケルや聖徳太子など、古代から少年英雄の系譜は連綿とつづきます。そのうえに登場したのが、源平合戦の立(たて)役者である九郎(くろう)判官(ほうがん)義経(よしつね)です。『義経記(ぎけいき)』に結実した、源氏の御曹司(おんぞうし)ものがたりには、不思議にも、平家を討ち滅ぼすいくさ語りの武勲(ぶくん)はほとんどありません。もっぱら、牛(うし)若(わか)丸(まる)と呼ばれた児(ちご)時代の数奇(すうき)で超人的な冒険のかずかずと、最後まで付きしたがう弁慶(べんけい)はじめ個性あふれる郎等(ろうとう)たちとの出会いを含む、豊かなエピソードと笑いに満ちています。そんな脱線も、読むものを楽しませたでしょう。英雄とは、運命付けられ、かつ運命にあらがい、越境する存在なのでした。

<展示資料>
『義経記』『浄瑠璃姫物語』『天狗の内裏』


『義経記』

『浄瑠璃姫物語』




Ⅳ.人と動物・妖怪―異類の饗宴

  今も昔も、妖怪は子どもたちに大人気です。幽霊とは異なり、変化(へんげ)の物ですが明るく、怖いけれど可愛(かわい)い、憎めない性質のせいでしょうか。人にあらざるものが人のように物言い、ふるまうことも妖(よう)異(い)の大きな特徴です。伝承の世界では、動物が人と化し、ことばを交わし、結婚して子を設けることさえありました。絵ものがたりは、それらを異類物(いるいもの)として得意のジャンルとしますが、それは古く『鳥獣戯画』あたりから始まるようです。加えて、人が人ならざる異類に変化(へんげ)する越境こそ、絵ものがたりの力が発揮される主題でしょう。

<展示資料>
『酒呑童子』『酒呑童子絵巻粉本』『岩竹』『かなわ』『賢学草子』『狐草子』『雀の発心』『えんがく』『人間一代戯画』


『酒呑童子絵詞』

『岩竹』


『ゑんかく』

『人間一代戯画』

『雀の発心』(小藤太物語)




Ⅴ.うまれかわる絵ものがたり

 室町や江戸の時代の人たちも、現代の私たちにとっても、古典の物語は、尽きせぬ知識の宝庫であり、また、絶えざるあらたな創造の源泉でもありました。
 中世の物語を代表する『平家物語』も、江戸時代にはあらたな物語としてその一部が絵巻や絵本となりました。絵ものがたりの展開は、古活字版(こかつじばん)や丹緑本(たんろくぼん)など版本の出版も含めて、古典文化の再生としてとらえる必要があります。一方、すでに古典というべき御伽草子の絵巻・絵本をひとつずつ写し、描く絵(え)草(ぞう)紙屋(しや)や“絵本作家”のような人たちの存在も知られています。こうして古典は、絵巻・絵本のなかにくりかえし生まれかわるのです。

<展示資料>
『花鳥風月』『祇王』『大原御幸の草子』『鉢かづき』


『花鳥風月』

『祇王』(ぎわう)




本企画展図録のご紹介

A4 64ページ 350g 1000円
完売いたしました。