2012年1月21日(土)〜2012年4月01日(日)

こんな本があった!9

~岩瀬文庫平成悉皆調査中間報告展9~

会期
2012年1月21日(土)〜2012年4月01日(日)
料金
入場無料
展示解説
2月18日(土)
特別講座
3月10日(土)
「今年度の調査からわかったこと Vol.9」
塩村 耕氏(名古屋大学大学院教授/岩瀬文庫資料調査会会長)

◆ごあいさつ◆
 岩瀬文庫の調査で、つい最近出てきた『松屋外集』(天保15年刊)という考証随筆の序文に一寸面白いことが書いてありました(原文は漢文)。
  ソレ鳥有リテ将ニ来ラントスレバ、羅ヲ張リテコレヲ待ツ。ソノ鳥ヲ得ル者ハ、羅ノ一目ナリ。
  モシ衆目ヲ以テ無用トナシテ、一目ノ羅ヲ製スルトキハ、則チ豈ニ鳥ヲ得ベケンヤ。…
 羅(霞網)で鳥を捕る際に、実際に鳥が引っかかるのは「一目(いちもく)」(一つの網目)だけだが、もしも「衆目(しゅうもく)」(たくさんの網目)を無駄だとして、一目だけの網を作ったならば、どうして鳥が捕まえられようか、という意味です(*注)。
 『松屋外集』の著者、小山田与清は膨大な蔵書を持ち、該博な知識で世に知られた学者です。彼は読書の傍ら、「群書捜索目録」(主題索引のようなもの)を作り、それが30年かかって二千巻に達したそうです。どうしてそんなたいへんなものを拵えたのか、その意図を説明するのが、上記のたとえ話なのでした。
 小山田氏のやろうとしたことは、いわば文化史の学術基盤整備なのですが、そういった方面の仕事には一見無駄に見える事柄が多く、どうしても不効率になってしまうことが、このたとえからよくわかります。効率至上主義の支配する現代人には耳の痛い話ですね。
 考えてみれば、岩瀬弥助があらゆる分野にわたる膨大な古書を、西尾の地に集積してくれたことも「衆目」です。そして、我々が取組んでいる、詳細な〈記述的〉書誌データベースは、文庫の書物が将来にわたって活用されるための道具で、これもまたささやかな「衆目」となってくれることを願っています。
 文庫開設以来初めて行われる調査(全資料調査)は12年目に入りました。その間に出会うことの出来た「こんな本があった!」を紹介する中間報告展を、市民の皆さんへの感謝を込めつつ、今年も催します。

*注:北畠親房の『神皇正統記』に「魚ヲウルコトハ網ノ目ノ一目ニヨルナレド、衆目ノ力ナケレバ、是ヲウルコトカタキガ如シ」とあり、注釈書によると、これは漢籍『文子』の「有鳥将来、張羅而待之、得鳥者羅之一目、今為一目之羅、則無時得鳥」に拠っているそうです。小山田氏は、この両方の典拠を踏まえているように思われます。


平成24年正月           悉皆調査責任者
                 名古屋大学文学研究科(日本文学)
                 塩村 耕(しおむら こう)

Ⅰ.〈小特集〉三河人の遺した珍資料

 岩瀬文庫設立の目的の一つは、近代化とともに喪われつつある封建時代の記憶を残すことでした。とうぜん、郷土資料も手厚く集められています。その中の一風かわった書物たちを紹介します。

[1]『三河名所歌合』(102函151号) 三河刈谷藩医で国学者、村上忠順が編んだ、三河国の名所を題にした百番歌合。
[2]『〈猫狐豊川詣〉笑談膝栗毛(ねこきつねとよかわもうで しょうだんひざくりげ)』(120函49号)『東海道中膝栗毛』の三河版亜流作。
[3]『設楽郡田嶺村記録』(27函ハ49号) 旧正月に行われる田楽で名高い三河設楽郡田峯村(現・北設楽郡設楽町田峯)の歴史書。
[4]『団人点雑俳点取集』(65函ホ22号) 江戸時代中期、三河吉良(現・西尾市吉良町)の点者、団人が、寺津村(現・西尾市寺津町)のグループの作に点を施した句集。
[5]『鴻臚■華(こうろせっか)』(76函132号) 三河西尾藩第六代藩主(当時は出羽山形藩主)、松平乗佑の儒者、丹羽嘯堂が朝鮮通信使を接待した際の筆談記録集。■=手へん+庶 
[6]『社寺位記類』(151函115号) 三河吉田(現・豊橋)の神主で国学者、羽田野敬雄が、三河周辺の社寺などに朝廷より発給された宣旨や口宣案などの文書を写して、若狭小浜藩士で国学者、伴信友に贈ったもの
[7]『貞良礒丸伝(さだよしいそまるでん)』(149函51号) 江戸時代後期、三河伊良湖の漁夫歌人として名高い糟谷礒丸の伝記書。
[8]『松塢雑鈔(しょううざつしょう)』(153函93号) 三河新堀村(現・岡崎市新堀町)の素封家で国学者、深見篤慶の周辺で作成された雑記録。


『〈猫狐豊川詣〉笑談膝栗毛』

『社寺位記類』



『団人点雑俳点取集』

『松塢雑鈔』




Ⅱ.〈小特集〉調査員の選ぶ「こんな本」

 この平成悉皆調査をお手伝いしてくれる若手研究者や学生さんなどの心にとまった本のセレクションです。さて、調査員たちのハートを掴んだのはどんな本でしょう?

[9]『妙智山法盛寺縁起』(135函38号) かつて上州沼田城下にあった妙智山法盛寺の再興の経緯を記した縁起書。
[10]『狂謌百鬼夜興』(157函60号) 化け物を題した狂歌集。狂歌に添えられる化け物の挿絵が、多色刷りで美しい。
[11]『箱根陪従紀行』(151函61号) 幕末・明治を生き、昭憲皇太后に仕えた女流歌人、税所(さいしょ)敦子の箱根紀行文の自筆稿本。
[12]『草津繁昌記』(146函36号) 幕末期の上州草津温泉の温泉場風俗や湯治客の人間模様を生き生きと描写した書。
[13]『梅園奇賞』(141函113号) 各地の社寺などに所蔵される古器物や古書画の模写を集めた好古趣味の豪華な図譜。
[14]『心閑園の記』(151函137号) 伴蒿蹊門の女流歌人が洛北上賀茂辺の別荘「心閑園」について綴った歌文。
[15]『未曽有記』(152函171号) 蝦夷地と陸奥を探査した「未曽有」ともいうべき長途の旅の紀行文。著者は「金さん」遠山景元の父。
[16]『江海風帆録』(145函17号) 豊前国小倉より大坂天満橋までの海路案内記図会。
[17]『海内玄珠』(152函166号) 江戸時代前期までに家系が断絶、もしくは没落した武士200余人の伝記を集めた書。
[18]『おくの細道』(152函130号) 松尾芭蕉『奥の細道』の旅の約130年後に刊行された、絵入本の『おくのほそ道』。


『狂謌百鬼夜興』

『江海風帆録』




『梅園奇賞』

『おくの細道』




Ⅲ.続出する珍奇本

 当文庫では「へえ!こんなことを書き残した本があるのか」と驚く資料によく出くわします。今年も続々と現れた、そんな珍にして稀なる本たちをご披露します。

[19]『海潮記(かいちょうき)』(146函11号) 好古趣味の著者が好古山一癖寺の白物和尚を戯称し、寺の霊宝開帳に擬して、所蔵の古書古文書や古器物を紹介した書。
[20]『孝嬢歌(こうじょうか)』(151函53号)  江戸の漢学者で書家の細井広沢が葛飾郡大青田村の孝婦を漢詩(「歌」)に綴ったもの。
[21]『小笠原島住民対談録』(152函182号) 外国奉行水野筑後守忠徳と御目付服部帰一が小笠原島を巡見した際の記録。
[22]『阿之折記行(あしおりきこう)』(152函176号) 出雲の国学者、森為泰が大原郡牛尾の温泉(海潮温泉)で湯治したようすを描く歌日記。
[23]『草訣弁疑題辞(そうけつべんぎだいじ)』(151函74号) 森田士徳遺墨の書帖(明・范文明編の法帖『草訣弁疑』の題辞のみを写した未完書)に、旧友で広島藩儒の頼春水が自筆で漢文を付記。 [24]『奥羽行(おううこう)』(153函73号) 二人の越後長岡藩士が藩より北辺探索の命を受け、隠密に東北地方の海辺を中心に巡回した旅の紀行。
[25]『新発田藩溝口家蔵書目録』(154函44号) 越後新発田(しばた)藩第九代溝口直侯(なおよし)が編んだ自家の蔵書目録。
[26]『斉明紀童謡考端詞(さいめいきどうようこうはしことば)』(151函110号) 日本書紀斉明紀に載る童謡は、古来難解とされる。賀茂真淵が村田春道に伝授した「斉明紀童謡考」の序文風のはしがきと奥書の写し。
[27]『八百屋集』(152函240号) 当世風料理の製法や実用的なコツを懇切に記した出色の料理本。元禄6年(1693)に書写された古書。
[28]『三河記』(152函54号) 江戸下谷在住の侍が君命で江戸より三州矢作へ向かう旅の紀行。 [29]『温泉奇遇』(149函65号) 大坂と伊予松山の瓜二つの二人の青年を主人公とする白話風の漢文体小説。
[30]『大黒天考証(だいこくてんこうしょう)』(151函194号) 大黒天の「略伝」及び持物等についての考証書。明治17年、新紙幣を製造するための参考資料。
[31]『楽様名色志(らくようめいしょくし)』(151函173号) 江戸時代中期の京周辺の遊廓や色茶屋などの遊所の案内記。
[32]『愛知古今俳人百家撰』(152函145号) 古今の尾張俳人102名を描いた絵俳書


『海潮記』

『奥羽行』




『三河記』

『愛知古今俳人百家撰』




本企画展図録のご紹介

A4 22ページ 110g 500円
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