「にしお本まつり」ご支援のお願い

平成18年8月 第1回にしお本まつり開催資料より

 西尾市岩瀬文庫は、収蔵する書物の分量も質も全国で有数のもので、まさに日本の宝というべき文化資産です。そのような内容的な価値のみならず、岩瀬文庫のすばらしいところは、岩瀬弥助という一個人が、地元の文化向上のために私財をなげうって設立したことです。これだけの高いこころざしの込められた文庫を持っている市町村は、他にありません。弥助が後世に残してくれた、この偉大なプレゼントを、私たちは最大限に活用しなければなりません。
 そもそも弥助が多大の富を投じて書物を集めたのは、書物こそが人類の遺した文化遺産として最も重要なものだからです。本の香りのせぬ町には、歴史も文化も教養もなく、したがって人間的な地域社会を築くことも難しいのではないかと思います。その点、百年来、岩瀬文庫を伝えてきた西尾は祝福された土地であり、今後さらに「本の町」として発展することによって、少なくとも精神的には「日本一の町」となる可能性を秘めています。そのような「本の町」となるためには、大人はもとよりですが、将来の町をになう若者や子供たちに本に親しんでもらう必要があります。そのために、有志の皆さんの発案によって、このたび第一回「にしお本まつり」を開催することとなりました。
 事業としては、様々な催しを企画しているところです。文化講演会の講師は、直木賞作家で古書店主でもある出久根達郎先生です。趣旨に賛同され、二つ返事で引き受けてくださいました。ご期待ください。
 たとえささやかな試みだとしても、このような催しを今後継続してゆくことにより、西尾の人たちが書物を尊重し愛する姿を、子どもたちに伝えてゆくことができるのではないでしょうか。その子どもたちが将来、他の土地に行ったとしても、ふるさと三州西尾は本の町であると、胸を張って語ってくれることでしょう。
 そのようなすばらしい町を実現するために、お力をお貸しいただきたく、お願い申し上げます。

にしお本まつり実行委員会委員長
名古屋大学人文学研究科教授 塩村 耕

岩瀬文庫では、にしお本まつりの開催にあたり、物的(寄付金等)・人的(ボランティア)なご支援・ご協力いただける方を募集しております。また、ポスターやチラシの掲示もご協力よろしくお願いいたします。

寄付金は下記の銀行口座にて受け入れています。

西尾信用金庫 本店 普通1237240 「にしお本まつり実行委員会」

お問い合わせ・連絡先

にしお本まつり実行委員会事務局(岩瀬文庫内)
〒445-0847 愛知県西尾市亀沢町480
TEL : 0563-56-2459 FAX : 0563-56-2787

岩瀬弥助の「こころざし」について

 岩瀬弥助はなぜ巨万の富をつぎ込んで一大文庫を設立したのか。しかも個人的に楽しむコレクションではなく、なぜ私立図書館として一般に公開したのか。さらに、ふつうに図書館をつくるのならば洋装本を集めればよいのに、なぜ古典籍(和本)にこだわったのか。また、なぜあのように異様なまでに堅牢な書庫を建てたのか…。これらの疑問を解くのに、ただ一つヒントが残されています。地元の伊文神社に弥助が文庫設立を記念して奉納建立した石灯籠の銘文です。そこには次の文章が刻まれています(原文は漢文)。


伊文神社へ弥助が奉納した石灯籠の拓本


余嘗(かつ)て、一小文庫を設立し、(これ)を身にも人にも施し、()つ之を不朽に伝えんと(ほっ)す。(よっ)て書を(あつ)むること数年、今や積みて数千巻に至る。(すなわ)ち地を(あざ)新屋敷に(そう)し、明治四十年一月に経営し、()の十月六日に公開す。是に於(おい)てか、吾が宿志、少しく(むく)われたり。 乃ち()の日を以て(これ)を建て、以て之が記念と為(な)すと云う。岩瀬弥助識」

 原文でわずか八十文字にすぎませんが、弥助の深い思いがこめられています。とりわけ重要なのが、「之を身にも人にも施し、且つ之を不朽に伝えんと欲す」とある箇所です。つまり、集めた書物を「一般社会に公開提供すること」、同時にそのことを通して書物を「未来に保存すること」、この二つの理念(コンセプト)が明確に表現されているではありませんか。
 金持ちが高価な古典籍を集めるのは今も昔もよくあることです。ところが、それらの多くはコレクターの死とともに散逸(さんいつ)してしまいます。いっぽう弥助は、書物を公共の用に供することによって、地元の文化向上に資するとともに、重要な文化財の散逸を防いで後に伝えようとしたわけです。これを「高邁(こうまい)」と言わずして、何を高邁というのでしょう。弥助はわずか四十歳でこのような境地に達したのです。まいりましたね。
 ところで、弥助のこの偉業には、実は地元の先人による良きお手本がありました。岩瀬文庫に『八幡書庫記』という本があります。寺津八幡宮(西尾市寺津町(てらづちょう))の神官で国学者の渡辺政香(わたなべまさか)が神社に設置した文庫の蔵書目録です(その蔵書群は現在岩瀬文庫に保存されています)。その冒頭に、文政6年(1823)に48歳の政香が友人たちの援助を得て文庫を設立する際の「こころざし」を記した長文の漢文「八幡書庫記」が掲げられています。
 そこには、書物こそが人間にとって何よりの宝であり、書庫を建て書物を集めて人々と共有することは風教の一助であること、書物を庫中に納めて盗難や火災を防ぐことは書物を残した人々の志を不朽に託すものであること、そして文庫の書物を閲覧したい者には少しも拒まず、共により高い境地に向上したい旨が記されます。そこに書かれた理念は弥助のそれと酷似しており、おそらく弥助は何かの機会にこの文章を知ることがあって感銘を受け、より大規模な形で自らもこれに(なら)おうとしたのでしょう。
 すなわち、岩瀬文庫が西尾に生まれたのは決して偶然ではなく、この地にもともとあった善き精神が、弥助という人物を得て発露したのだということができます。この素晴らしい伝統を、何とか後世に伝えてゆこうではありませんか。今回の「にしお【本】まつり」は、そのための一つの取り組みなのです。