古書の博物館 西尾市岩瀬文庫

お知らせ


 岩瀬文庫創設者の岩瀬弥助(1967~1930)は、当時世の中から軽視されつつあった古典籍をあえて収集し、明治41(1908)年に私立図書館として岩瀬文庫を設立公開しました。それは、最も大切な文化資産である書物を後世に伝えることこそが、重要な文化事業であると考えたからにほかなりません。設立100周年にあたる平成20年5月6日、西尾市はこのことを記念し、また弥助の高邁な志を末永く継承するために、書物文化についてのユニークな研究や功績のあった方を5年ごとに奨励・顕彰する「岩瀬弥助記念書物文化賞」を設置しました。
 第2回目にあたる今年度、選考委員会で検討を重ね、次のお三方の受賞が決しました。

<受賞者および選考理由>※50音順

鈴木 俊幸 氏    

中央大学文学部教授/日本近世文学

 鈴木俊幸氏の研究は、近世文学研究の主流である作品研究を踏まえた上でだが、書籍の流通過程への着目に最大の特色がある。書肆蔦屋重三郎の積極的な販売戦略の解明はもちろん、読者研究である『江戸の読書熱』においても、信濃松本の高見書店など地方の本屋の成立が取り上げられ、また『江戸の本づくし』が『御存商売物』という作品を読む形を取りながら江戸の本屋事情を語り、『絵草紙屋』が同じ摺物としての浮世絵の流通を扱っているようにである。
 氏はまた、『(日本書誌学大系)蔦重出版書目』に示された蔦屋版の徹底した収拾を行い、科研報告書『近世日本における書籍・摺物の流通と享受についての研究』で実践された、書物の奥書の売弘所を網羅的に収集整理し、全国の書籍流通末端業者(小売本屋)を明らかにされた仕事もある。これに加えて今回出された研究論文集『書籍流通史料論・序説』は、京都の絵双紙屋和久屋・桜井屋治兵衛の経営に関わる古文書をはじめ、書籍の表紙見返しに残された仕入れ印や符牒、表紙の芯紙から復元された営業文書、書肆から購入者へ宛てた葉書など、従来の近世文学史研究ではほとんど使われなかった史料に光があてられている。書籍流通史研究のどこに新しい研究の沃野があり、どこに発想の転換や鍵となるテーマが潜んでいるかを示されるとともに、膨大な労力を使って、自ら新しい史料の開拓と資料学の構築に乗り出されているのである。そこに鈴木史学の精髄がある。
 なお、氏は『近世書籍研究文献目録』を出されることによって、広くこの分野の研究成果を提供し、それを皆で共有することによって学界全体の水準を引き上げることに尽力された。さらに、その後の追加補充も兼ねて、私家版として雑誌『書籍文化史』を発行され、この分野の萌芽的な研究、基礎データを地道に提供する研究などにも、意識的に発表の場を提供し続けておられ、こうした学界全体への寄与も特筆すべきである。以上相俟って、今日における近世出版文化史研究における氏の功績は大きい。

高野 明彦 氏

国立情報学研究所教授/連想情報学・デジタル技術による書物文化の開発

 書物は人類が生みだした最重要の道具であり、急速に発達しつつあるデジタル技術を書物文化とうまく調和をもって融合させることは、現代社会の大きな課題の一つである。
 高野氏は国立情報学研究所の連想情報学研究開発センター長をつとめ、WebcatPlusを中心となって開発するなど、情報学の最先端をになう研究者である。その一方で、日本の伝統的な書物文化について、デジタル技術を用いた新たな情報発信を意欲的に試みている。たとえば、渋沢栄一記念財団実業史錦絵絵引データベースは質の高い「絵引データベース」となっており、画像データとテキストデータの統合型データベースとして、将来の発展性を予感させる。また、徳川美術館や斯道文庫における「Powers of Information」では、タッチパネルと高精細画像を駆使して、書物や文化財の斬新な展示方法を提案している。
 また、長野県小布施町では、町内に襲蔵されてきた書画などの美術品を集約的に見せる情報発信の支援を行っている。地方にある文化財に光を当て、価値を共有しようとする営みは、その永久保存にも資するものとして評価され、岩瀬文庫の設置理念とも合致している。
 総じて高野氏によるさまざまな取り組みは、人間的なものを疎外しがちであるというデジタルのイメージをくつがえすものであり、伝統的な書物文化の未来に明るい光を投げかけている。

橋口 侯之介 氏

誠心堂書店主・成蹊大学講師/近世出版史

 古書店主としての経験と、広範な資料探索読み込みを融合して、日本における書物の誕生から、明治中期までの書物の刊行と流通の変遷を、きめ細かな考証で辿ると共に、日本の書店(古書店)のルーツが、経師にあることなどを実証した。また、和本の調べ方や、和本の持つ魅力を分かり易く解説、一般の方にも興味が持てるように努めた。
 橋口氏の和本研究の根本は、和本を物として見るのではなく、「書物とは何か」という根源的な問いの上に、書物にかかわる人たちの「伝える」「残す」「集める」という複合的行為として捉えることにある。書物の流通は、書き手、作り手、売り手、読み手という一方向の経路があるだけでなく、一度作られた書物は、読み手の「書き入れ」や「収集」などによって再生産され、読み手から売り手を経て再び読み手へとめぐっていく。これは、過去に刊行された書物を、現在の商品として価値を評価し、仕入れ販売する古書店ならではの視点である。弘文荘・反町茂雄氏は、自伝『一古書肆の思い出』などによって古書業者の実体験をもとに、昭和期古典籍の流通史を記録したが、橋口氏は古書店主の目を通し、近著、『和本入門―千年生きる書物の世界』、『江戸の本屋と本づくり』、『和本への招待』、および「日本古書通信」連載「江戸の古本屋」44回などによって日本人の書物観を考察した。

<表彰式>
日時:平成25年10月26日(土) 午後1時30分~  第8回にしお本まつりにて
会場:西尾市岩瀬文庫 研修ホール
*表彰式のあとには受賞者の皆さんによるミニ講演会があります。
*どなたもご参加自由です。


授賞式の様子


<第2回選考委員会>
委員長:中野 三敏 氏(九州大名誉教授/日本文学・書誌学)
委 員:大木 康 氏(東京大/中国文学・漢籍書誌学)
    樽見 博 氏(日本古書通信社/編集長)
    横田 冬彦 氏(京都大/日本史)

<事務局>
塩村 耕(名古屋大学教授/岩瀬文庫資料調査会長)
西尾市岩瀬文庫