引返譬幕明

ひきかえしたとえのまくあき9-133冊


 江戸時代後期の代表的な戯作者・式亭三馬著、浮世絵師の北尾重政の絵によって寛政11(1799)年に著された黄表紙(きびょうし)です。黄表紙とは、江戸時代の中~後期のわずか30年ほどの間に爆発的にはやった大衆文芸で、黄色い表紙がついていたことからこの名があります。

 黄表紙は初め男女の情愛や滑稽(こっけい)話、世間の風刺(ふうし)などを描いていました。ところが寛政の改革(1787~1793)によって風紀取締まりが行なわれたので、三馬は幕府に叱られぬように、当時流行の心学(しんがく)(忠孝や正直、家業精勤などの生活倫理を易しく説く)をテーマに本作を書きました。しかし内容は心学教化本をシャレのめしたもので、教えと真反対の欲やわがまま放題(ほうだい)の人の姿を描き、「悪い譬(たと)えを見て人々が悪道から引き返してくれますように」と嘯(うそぶ)いています。お上の取締まりはかわしつつ笑い飛ばして見せる、江戸ッ子の逞(たくま)しさを感じさせる作品です。


「女房孝行記」は女房は大切にしなければならないと、家中の布団や着物をかけ、ぬくぬくと寝かせておき、亭主は老父と裸で震えながらご飯の支度をする。