口嗜小史

こうししょうし124-1242冊

 「君の食すものを言ってみたまえ。君がどういう人間だか当ててみせようとはフランスの哲学者ブリア・サバラン(1755~1826)の言葉ですが、なるほど食べ物の好みには、その人となりが表れるものなのかもしれません。

 本書は、そんな“食と人柄”をモチーフにした逸話集です。明治20年の出版、作者は幕末から明治に活躍した画家の西田春耕(にしだしゅんこう 1845~1910)です。親交のあった画家や文人らの好物と、それに纏(まつ)わる逸話を、温かみのある文で綴っています。例えば渡辺崋山(かざん)が好んだのは、醤油をつけた焼きおにぎり。夜の明けたのにも気づかず勉学に励んだという崋山のエピソードを紹介しながら、“深夜に及ぶ読書のおやつだろうか”と感想を述べています。なんとなく、崋山の生まじめで清貧な人柄がうかがわれる気がします。

 では作者・春耕の好物は? それはお酒とお豆腐でした。さて皆さんはここから、春耕のどのような人柄を連想されるでしょうか。




椿椿山(つばきちんざん)が好んだのは「猪肉」。当時はまだ、獣肉食をためらう人も少なからぬ世相。

椿山の作品が発する「超凡ノ気風」に感じ入ったという春耕は、“たかが食べ物のことからしても、常の人とは違うとわかるなぁ”と評する。