2009年1月24日(土)〜2009年3月29日(日)

こんな本があった!6

~岩瀬文庫平成悉皆調査中間報告展6~

会期
2009年1月24日(土)〜2009年3月29日(日)
料金
入場無料
展示解説
2月14日(土)
特別講座
3月7日(土)
「今年度の調査からわかったこと Vol.6」
塩村 耕氏(名古屋大学大学院教授/岩瀬文庫資料調査会会長)

 平成20年5月6日、岩瀬文庫開設100周年の記念式典が挙行されました。あわせて日本で初めてのシンポジウム「全国文庫サミット」と、岩瀬弥助を末永く顕彰し、書物文化研究を振興するための「第一回岩瀬弥助記念書物文化賞」の授賞式も催されました。もはや岩瀬文庫は歴史的な文化遺産として確固たる存在になったと言えます。泉下の弥助翁も喜んでおられることでしょう。
 また10月11・12日には、第3回「にしお本まつり」もありました。書物を軸とする、このユニークな市民文化祭も定着しつつあ塩村耕氏写真ります。その間、市の内外から多くの人々が文庫を訪れました。夢の「本の町」が、この西尾に実現しつつあります。
 9年目に入った我々の悉皆調査と記述的書誌データベース作りは、全体の8割近くにまで進みました。データベースは平成21年度中に試験公開する予定です。同様のデータベースは名古屋大学附属図書館所蔵の古典籍について既に公開しています(年々成長中)。「名古屋大学附属図書館」ホームページより「古典籍DB」へと進んで下さい。そして、いろいろな言葉で検索をかけてみて下さい。冊子体の目録とは異なる威力を御理解していただけるものと思います。
 このようなデータベースが備わると、岩瀬文庫の書物が広く知られるようになり、死蔵に至ることなく末永く活用されるはずです。そして国の内外を問わず、多くの人々が西尾を訪れ、幸せな「本の町」がこの世に存在すると知ることでしょう。
 今年も市民の皆さんへの感謝をこめて、悉皆調査中間報告展を催します。例によって面白い本が続出しました。ぜひ御高覧下さい。


平成21年正月           悉皆調査責任者
                 名古屋大学文学研究科(日本文学)
                 塩村 耕(しおむら こう)




Ⅰ.〈小特集〉知の巨人、木村蒹葭堂(けんかどう)

 蒹葭堂は大坂の本草学者、文人、蒐集家。特に古典籍や書画、標本類の大コレクションは当時、日本中に知られていました。その旧蔵書群が岩瀬文庫に眠っていました。
 現在のところ、蒹葭堂旧蔵書及び書写本が21点、その外に蒹葭堂蔵書の写しが18点確認できます。書誌データベースが完成すれば、このように旧蔵者別に、その蔵書を再現することも可能となります。

『卓子菜単』朝清人に取材してまとめた、しっぽく料理の覚え書きで、中華料理の初期資料。蒹葭堂は煎茶道を軸として、さまざまな中華趣味を日本中に広げた中心人物でもあった。
『甕牖閒評』 清版漢籍の写し。経史および天文地理等をひろく論じた雑考。蒹葭堂専用の罫紙の刷りが良く、早い時期に書写されたらしい。
『群譚採餘』 蒹葭堂旧蔵の明版唐本。欠丁が多く、わざわざ版心に「群談」と刻した専用の罫紙を準備し、丁寧に補写する。
『栗崎流外科書』 腫物を中心とした治療法を記した外科医書の写し。著者は伝不明ながら、長崎の人らしい。
『怡顔斎博蒐編』 蒹葭堂旧蔵書。近世前期、京の本草学者、松岡恕庵(1668~1746)自筆の本草学雑記。蒹葭堂は松岡の孫弟子にあたる。蒹葭堂もこれに倣い、同様の雑記をたくさん作っている。


『卓子菜単』

『栗崎流外科書』


Ⅱ.再会した書物たち

 今年度の大きな喜びは、700年近く前の元の時代に中国で出版された元版(げんぱん)が2点も出現したことです。しかもそれらは同じ年に同じ所で刊行された本です。
 あわせて、そのような数奇な再会を果たした書物たちを紹介しましょう。

『大慧普覚禅師法語』 元の泰定2年(1325)に福州東禅蔵院で刊行された書。ほぼ同時代、日本の南北朝時代の禅僧、月庵宗光(げったんそうこう)や、後水尾天皇が帰依した近世初期の禅僧、一絲文守(いっしぶんしゅ)の旧蔵書。
『大慧普覚禅師語録』 同じ年に、同じ場所で刊行された書。こちらは室町時代、東福寺の禅僧、彭(ほう)叔(しゅく)守(しゅ)仙(せん)の旧蔵書。
『偶紀』 日本では未刊の漢籍随筆を、唐本により木村蒹葭堂が書写した本。中国各地の本草に関する記述があり、いかにも蒹葭堂好みの書。
『偶紀』 読書室の山本榕室が、当時岩永藿斎(大坂の外科医で、山本亡羊門の本草学者)が所持していた蒹葭堂本を書写した本。
『下知草』 室町時代の公家、柳原資定(すけさだ)(1495~1578)が職務上の書状を部類してまとめた自筆の書留。子孫の柳原紀光(1746~1800)が丁寧に修復を加えている。
『下知草』 上記を子孫の柳原資廉(すけかど)(1644~1712)が比較的忠実に模写した本。原本にある欠損を補いうる箇所あり。
『判尽』 平安時代より近世初頭までの武将たちの花押を模刻した書(伝説的なものを含む)。この原刻本は珍本。
『判尽』 上記原刻本の前半40丁分を覆刻、新たに序2丁を付して刊行したもの。
『判尽』 原刻本に基づき、子供絵本風に仕立てたもの。珍本。


『大慧普覚禅師法語』『大慧普覚禅師語録』

『判尽』




Ⅲ.珍奇本の数々

 今年も続出する珍奇本たち。悉皆調査は驚きの連続です。岩瀬文庫の奥は深い。

『八丈記行』 博打などの不良行為で八丈島遠島、家は断絶となった幕府の医者が、五十数年ぶりで赦免となる。島の生活や帰国の旅を綴った自筆の記録書。その後の人生が気になる。
『八丈嶋画記』 これも八丈島に流罪となった幕府の役人出身の浮世絵師、歌川国清が、島での生活を得意の絵を交えて書き綴った記録書。
『大和物語抄』 北村季吟による大和物語注釈書に。賀茂真淵(1697~1769)が詳細に補説を書き入れた書。真淵著『大和物語直解』の初稿本と位置づけられる。江戸の大書肆須原屋茂兵衛の旧蔵書。
『百人一首梓語』 百人一首の注釈書。藤原定家および契沖以下の先人の霊を呼び出して、その所説を語らせるという禁断の手法を用いた、戯作風の趣向。
『市辺皇子山陵考』 古代の皇子の陵墓地などを考証した書。そこから出土した4.5センチもの歯を証拠とするが、当時の人は身長が3メートルもあったという古代人巨人説に基づいている。
『眼前教近道』 尾張国根高村の物知りの造り酒屋が作った教訓書。婚礼や葬祭風俗の解説など、古い尾張の民俗を知る資料。
『快楽原・快楽印』 和刻本漢籍。家族と楽しむことや、散歩や昼寝など、カネのかからない手軽な快楽を列挙した書。不況の時代に参考となる。こんな本を翻刻した、のどかな時代が羨ましい。
『済急記聞』 飢饉の年に困窮者を救うために尽力した人々の美談を集める。天保7年(1836)の大飢饉に際しての編纂刊行。食糧危機の心配される昨今、参考にすべき話も多い。
『東国獣狩実記』 キングコングのような怪物を退治する実録風の怪異小説。実話かと思って読み進めると、途中でかくっとなる話。描写に独特の現実感があり、創作の寓意が知りたい。
『冥冥騎談』 地獄極楽を舞台に馬術を主題とした読本。滑稽交じりの軽妙な文章で、筆力あり。著者は讃岐高松の人で馬術家。動物愛護の精神がかいま見え、好もしい。
『犬之奇談』 犬が飼い主の少年の命を救った奇事の記録書。ちなみに三菱の岩崎弥太郎の少年時代に、すぐ近所で起こった事件。
『箱館日記』 息子が箱館奉行所に赴任するのに同行して、江戸より箱館までを往復する60歳の母の旅日記。元気の秘訣は歌にあり。達意の文章が好もしい。有名な松浦武四郎が絵を添える。
『殉難志節人名録』 維新に殉難横死した志士たちの人名録。明治政府による賞勲のために太政官賞勲局で作成された原本と思われる。よくこんなものが残っていた。
『有栖川宮実枝子女王之御輿入次第・北白川宮成久王御成婚之次第』 明治の皇族の詳細な婚礼記録書2種。後年の結婚報道のさきがけとも言うべき資料。筆者は「こんな本」展Ⅰで取り上げた『閃鱗之一片』の筆者、平好彦。
『〈今昔対照〉江戸百景』 安政年間に広重が江戸近郊の名所を描いた浮世絵連作に、大正9年時点の風景写真を対比させる。その後の大震災や戦災を経て、大正の風景も失われた。


『百人一首梓語』

『市辺皇子山陵考』




『冥冥騎談』

『〈今昔対照〉江戸百景』


本企画展図録のご紹介

A4 21ページ 90g 300円 残部僅少です
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