2020年6月02日(火)〜2020年9月22日(火)

好古~日本考古学のあけぼの~

日本考古学は明治10年(1877)、E・S・モースによる大森貝塚の発見が出発点とされていますが、すでに江戸時代には好古家・郷土史家らによる考古資料の収集・記録・研究が行われていました。本展では先人たちが書き残した石器・銅鐸・古墳などの記録から黎明期の日本考古学に迫ります。

会期
2020年6月02日(火)〜2020年9月22日(火)
料金
観覧無料
会期を後ろにずらし延長しました
展示解説・関連講座などは状況を注視しながら調整中です
日程が決まり次第、お知らせします。

1 古きを好む者たち~記録された考古遺物~

江戸時代になると学問が庶民層まで普及し、自ら調査を行い地域の歴史をまとめた郷土史家や、古い事物への興味をいただき収集・記録した好古家などが現れました。彼らが残した資料の記録のなかには現存していない考古遺物もあり、現代の私たちにとっても地域の歴史を知る貴重な手掛かりとなっています。


『雲根志』(29-55)

『箱松蝦深秘考』(卯-51)



『石器図』(丑-17)


『祝瓶図』(辰-31)


2 銅鐸~異形・奇物への興味~

「銅鐸」は弥生時代の祭器と考えられ、奈良時代からその存在が知られてきました。江戸時代、開墾が進み多くの銅鐸が発見されたことが記録されています。銅鐸はその神秘性から好古家たちの注目を集め、多くの論証が行われました。既に亡失してしまった銅鐸も多く、書誌に残された記録からその存在を知ることができます。


『雑纂』(71-33)

『山家憔談』(149-45)

3 古墳

明治初期、W・ゴーランドが全国各地の古墳を歩き多くの絵図を残し、日本の考古学の父と呼ばれていますが、江戸時代にも徳川光圀による古墳の調査・記録・保存が行われるなど、各地で古墳の調査記録が残されています。また、天皇陵については所在地の考証などが行われています。


『尾張国白鳥山旧陵中器物略図』(168-13)

『大日本天皇山陵図』(111-42)



『陵墓誌』(140-121)

『五畿内名所図会』(3-41~45)


4 岩瀬文庫と三河の考古資料

岩瀬文庫に所蔵されている資料のなかには、地元の人々が記録した考古学に関係する資料もあります。岩瀬文庫ならではの資料を紹介します。


『三河国幡豆郡西尾町八王寺貝塚縄紋式土器拓本』(丑-191)

『幡豆郡古瓦譜』(50-12)


本企画展図録のご紹介

A4 20ページ 90g 500円
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