2013年1月26日(土)〜2013年3月31日(日)

こんな本があった!10

~岩瀬文庫平成悉皆調査中間報告展10~

◆はじめに◆
「見ぬ世の人を友とする」というのは、徒然草の名言ですが、兼好法師よりも七百年も後を生きるわたしたちにとって、友とすべき古人の数は、兼好のころとは比較にならないほど多いはずです。そして、岩瀬文庫の書庫の中には、そういった見ぬ世の友を見つけるきっかけが、それこそ無数にころがっています。

 最近知り合ったお友達を一人だけ紹介しますと、江戸時代後期、伊勢津藩儒だった塩田さん(1798~1845)という人がいます。その自筆の漢詩集が三種類、岩瀬文庫にありました(一つは他筆の清書本)。ざっと読むと、同時代の著名な文人たちが数多く登場し、随斎さんはなかなかの人間力を備えた人だったことがわかります。

 興味をひかれて少し調べてみますと、早稲田大学の図書館に随斎自身や随斎宛の書簡資料がまとまって入っていることがわかり、それらを読むとますます床しい人物とわかります。そんな話を三重県の友人(こちらは生きている人)にすると、津の図書館にある随斎さんの書簡を数通教えてくれました。何れもおもしろい内容でした。こんな風にして、古人との交友はどんどんと深く、親しくなってゆくのです。

 真の文化施設とは何かというと、こうした古人との交流を行うことのできる場ではないでしょうか。そういう体験を重ねることこそが「教養」そのものなのだと思います。
 われわれのデータベースを通して、そういった交友の輪が広がり続けることを願っています。
 文庫開設以来初めて行われる調査(全資料調査)は13年目に入りました(時間がかかってごめんなさい)。その間に出会うことの出来た「こんな本があった!」を紹介する中間報告展を、市民の皆さんへの感謝を込めつつ、今年も催します。

平成25年正月           悉皆調査責任者
                 名古屋大学文学研究科(日本文学)
                 塩村 耕(しおむら こう)

会期
2013年1月26日(土)〜2013年3月31日(日)
料金
入場無料
展示解説
2月9日(土)
特別講座
3月16日(土)
「今年度の調査からわかったこと Vol.10」
塩村 耕氏(名古屋大学大学院教授/岩瀬文庫資料調査会会長)

Ⅰ.〈小特集〉一枚物の珍資料

 平成悉皆調査も終盤にさしかかり、一枚物など特殊形態資料群についても調査が始まりました。岩瀬文庫は日本有数の書籍の宝庫ですが、実は地図や一枚刷といった一枚物についても、豊富な収蔵を誇っています。その中から、早くも出現し始めた珍品を紹介しましょう。

[1]『松平系図』(子函70号)近世前期に刊行された、珍しい円形の系図。
[2]『〈豆州下田〉温泉名所記』(子函140号)のどかな温泉案内にカムフラージュした、黒船来航の報道図。
[3]『吉原細見図』(137函2号)店の配置や遊女の名、合印(遊女の格を示す符号)などを記した吉原の一枚刷細見図。
[4]『楓鎧古跡考』(子函188号)江戸の茅場町(現・東京都中央区日本橋茅場町)・八丁堀界隈の区分図に、古跡に関する考証解説を書加えた歴史散歩地図。
[5]『北海より江戸ヘ近道』(子函206号)北陸から江戸への輸送路につき、従来の海路ではなく川と陸路によるショートカットを提案した略地図。
[6]『根津御絵図』(子函302号)江戸の根津権現社を描いた古版の一枚刷版画。刊行時の手彩色で完璧な保存状態の逸品。
[7]『国々いろさとばん附并あたい附』(子函322号)江戸時代中期頃に成った諸国全143箇所の色里の番附。
[8]『〈新板〉日光山之図』(子函343号)承応2年(1653)に成った珍しい古版図で、刊行時の古い手彩色入り。


『松平系図』

『国々いろさとばん附并あたい附』



『楓鎧古跡考』

『〈豆州下田〉温泉名所記』




Ⅱ.〈小特集〉かつて池辺義象という学者がいた


 池辺義象(いけべ よしかた 1861~1923)は明治大正期に活躍した国文学者で法制史学者です。歌や史伝、演劇などの創作をも能くし、さらに西洋事情にも通じていました。そのスケールの大きさは、学問が細分化して矮小化した現代から見てまぶしいものがあります。悉皆調査により、大量の自筆草稿類が、岩瀬文庫に保存されていることがわかりました。

[9]『現文部大臣の国語科の説に就て』(162函229号)国語の授業を英語に宛てるべきとの文部大臣の言説に対して反論した論稿。
[10]『〈歌劇〉袈裟御前』(162函124号)少年少女むけに書かれた歌劇の台本の草稿。
[11]『千代のかたみ』(162函230号)わずか24歳の明治17年に記された半自叙伝。
[12]『〈飛騨紀行〉青嵐』(165函15号)親友らと飛騨高山を旅した楽しくも苦心惨憺の紀行文。
[13]『やまひこ』(165函7号)前宮内大臣で伯爵の田中光顕(1843~1939)と、電報を用いてやりとりされた贈答和歌の歌集草稿。
[14]『日本古来財産分配及惣領法考』(165函16号)東京帝国大学古典講習科国書課に在籍する学生だった著者が、教授より出された課題に対して書いたハイレベルな小論文。
[15]『見聞雑録』(165函22号)パリ留学中に見聞した西欧の生活や風俗、制度、世事などについて書き綴った随筆。
[16]『陸羯南君の霊前に白す詞』(165函12号)20年来の親交のあった硬骨のジャーナリスト・陸羯南へ贈る追悼文の草稿。
[17]『浮世物語』(165函38号)同時代の事件譚などを、歌物語風に擬古文で風刺的に綴った短編集。


『〈歌劇〉袈裟御前』

『浮世物語』




Ⅲ.続出する珍奇本

 今年も珍にして奇なる書物たちを紹介します。岩瀬文庫のふところは、限りなく広く深いのです。

[18]『意地喜多那志』(158函17号)人一倍食いしん坊の著者が、好物について専門業者に取材し、製法のコツを丹念に記した料理本。
[19]『涌浦紀行』(158函20号)金沢より能登の涌浦(和倉)温泉に遊んだ11日間の旅の漢文体紀行。
[20]『陶斎先生随筆』(165函63号)独特の諧謔味のある饒舌な文体の随筆の遺稿。書の手本としても珍重すべきもの。
[21]『魚鑑考証』(154函49号)学問的考察の外に種々の料理法について懇切に解説する点が珍しい魚介類の本草書。
[22]『睡餘録』(162函193号)近世前期に京で活躍した朱子学者・藤井懶斎の痛快な写本随筆。[23]『芙蓉奇観』(子函119号)季節や天候により様々な姿を見せる15景の富士山を描いた絵本。微妙な濃淡刷や白抜き刷を駆使して精密に再現。
[24]『温泉山中図解』(160函47号)多病の著者がこれまで7度入湯して「病根消除の功を得」たという名泉、甲子温泉(現・西白河郡西郷村鶴生寺平)について詳述した案内記。
[25]『花たちばな』(162函255号)尾張藩士である筆者が、名古屋より美濃路を経て野寺村に至る間の道程を記した詳細な道中記的地誌。
[26]『澹如詩稿』(158函64号)江戸の豪商佐野屋孝兵衛の二代目・菊池澹如の漢詩集。印刷製本とも極く上製で、当代一流の画人たちの手になる多数の挿画が見事。
[27]『安鶴在世記』(162函276号)駿府(今の静岡市)の左官で八人芸を能くする芸人として有名だった奇人・安鶴が、自ら体験した実話を綴ったという奇談集。
[28]『冠辞横寸法』(162函222号)横ゾッポウとは見当違いのこじつけの意。高名な『冠辞考』(賀茂真淵の枕詞解説書)をもじった滑稽本。
[29]『市川三升子へおくる狂歌』(子函340号)江戸を離れ、大坂の芝居に出勤中の市川白猿(七代目団十郎)に贈ろうと、江戸のファンたちが詠んだ狂歌集。
[30]『定西琉球物語』(165函37号)定西という70余歳の道心者が語る壮大で数奇な一代記を録した書。
[31]『寒天藻類』(165函41号)明治日本の特産品で主要な輸出品の一だった寒天に、テングサ以外の海藻も利用出来ることを各地の実業家に示すために書かれた企画書。
[32]『〈東奥〉沿海日誌』(165函148号)松浦武四郎(1818~88)の手になる下北半島の旅行記風の地誌。詳細な記述は風景を写生した多数の挿画とともに資料価値が高い。


『意地喜多那志』

『安鶴在世記』




『花たちばな』

『市川三升子へおくる狂歌』




『芙蓉奇観』


本企画展図録のご紹介

A4 22ページ 110g 300円 残部僅少です
図録のご購入方法は刊行物・グッズ/図録のページをご覧ください