2007年1月27日(土)〜2007年4月01日(日)

こんな本があった!4

~岩瀬文庫平成悉皆調査中間報告展4~

会期
2007年1月27日(土)〜2007年4月01日(日)
料金
入場無料
展示解説
2月17日(土)
特別講座
3月3日(日)
「今年度の調査からわかったこと Vol.4」
塩村 耕氏(名古屋大学大学院教授/岩瀬文庫資料調査会会長)

 最近、悉皆調査の過程で113函1号『八幡書庫記』と出会いました。寺津村(現・西尾市寺津町)にある寺津八幡宮の神職で、国学者としても知られる渡辺政香(まさか)(1776~1840)が、同神社に文庫を設置しようとする志を記した長文の漢文「八幡書庫記」に蔵書目録を付した自筆写本です。その漢文の大意は以下の通りです。

 「何を宝とするかは、人により異なるが、最も重要なのは書物だ。人にとって至宝というべき「明徳聖心」に至るには、書物に拠らねばならないからだ。だから、自分は文庫を作りたかったが、貧しいためにかなわず、また人に助けを乞うことも潔しとしなかった。ところが友人から次のように忠告された。その志はよいが、助けを求めないのは間違っている。書庫を建てて書物を集め、公開することは「風教の一助」となる。しかも、その書物は庫の中に大切に保管され、火災や盗難から護られるのだから、著者の志を不朽(未来永劫)に伝える尊い行為だ。是非我々に援助させてほしい。」

 こんなありがたい励ましを得て、文庫を開設することになったそうです。文章は「もし文庫の図書を閲覧したい人があれば、いつでも歓迎する。そしてともに、より高い精神的境地に進もうではないか」と締めくくられます。これを読んで、あっと驚きました。岩瀬弥助(1867~1930)の志ととても似通っていたからです。
 弥助の志については「こんな本Ⅱ」の図録で詳しく紹介したように、文庫開設を記念して弥助が伊文神社に建てた石灯籠の銘文に「われ嘗て、一小文庫を設立し、これを身(自分)にも人(他人)にも施し、かつこれを不朽に伝えんと欲す」とありました。書物を公共の用に供することによって、地元の文化向上に資するとともに、重要な文化財として後世に伝えたいというわけです。おそらく、弥助は政香の「八幡書庫記」を読む機会があり、その志をより大規模な形で受け継いだのだろうと確信します。こんな風にして、昔の人の営みの筋道が見えてくることは、実に愉快なことではありませんか。
 ここで強調しておきたいのは、岩瀬弥助の岩瀬文庫が西尾の地にあることは、決して偶然ではない、ということなのです。つまり、地域に脈々と伝わる善き精神が、弥助という人を得て開花したのです。こういうことがらをこそ、「伝統」と呼ぶべきなのでしょう。
 文庫を守り続けてくれた西尾市民への感謝を込めつつ、今年もこんな面白い本がありましたという、悉皆調査中間報告展を催します。


平成19年正月           悉皆調査責任者
                 名古屋大学文学研究科(日本文学)
                 塩村 耕(しおむら こう)




Ⅰ.おそるべき柳原本の稀書

 岩瀬文庫には、縁あって公家の柳原(やなぎわら)家の旧蔵書の多くが収められています。柳原家はただの公家ではなく、伝統的に紀伝(歴史学)の事を司ってきた「文筆の家」でした。その結果、歴代当主によって、稀少な古記録類が意図的に集められ、書写されてきました。以下の書物は、その中のほんの一端に過ぎません。

[1]『陰陽抄(オンヨウショウ)』(辰函82号) 写巻子本1軸
 平安末期に成った陰陽道書。鎌倉末期の古写本で天下の孤本。江戸時代中期に、陰陽頭(おんみょうのかみ)の土御門(つちみかど)家当主も書名を知るのみだったという。
[参考出品]『陰陽抄(オンヨウショウ)』(104函116号):写大1冊
 柳原紀光(もとみつ)が家人に命じて書写した本。原本では欠損して見えない文字を復元し得る箇所あり。
[2]『御即位記(ゴソクイキ)』(116函53号の第7冊) 写枡形1冊
 室町時代の大学者、三条西実隆が書写した本。一括資料に隠れていた貴重書。
[3]『通要古紙(ツウヨウコシ)』(卯函41号) 写列帖装大1冊
 室町時代に成った辞書。現存する諸本の祖本となった古写本。「夜発(ヤホツ)」「駕謌女(カヽメ)」など興味深い語彙を含む。
[参考出品]『通要古紙(ツウヨウコシ)』(111函36号):写大1冊
 柳原紀光が娘に書写させた本。これも原本の虫損箇所を補い得る。
[4]『消息案(ショウソクアン)』(112函93号) 写枡形1冊
 安土桃山時代の某公家が、諸家の書状類を博捜して宮中儀式について調べた書。紙背文書も貴重。
[5]『逸題古医書(イツダイコイショ)』(58函44号) 写大1冊
 室町時代の医書古写本。体内に宿るとされた種々の「虫」についての記述が貴重。


『逸題古医書(イツダイコイショ)』



Ⅱ.名家旧蔵書

 現在作製中の書誌データベースには、旧蔵者の蔵書印や識語(書き入れ)などの情報も詳しく取り入れています。その書物がどのように享受されてきたか、考える材料としたいからです。また、旧蔵者別の書目を復元することも可能となります。

[6]『石門洪覚範林間録(セキモンコウカクハンリンカンロク)』(111函57号) 版大全2巻2冊
 南北朝時代に刊行された五山版。近世初期、後水尾上皇が帰依した禅僧、一絲文守(1608~1646)の旧蔵。
[7]『鍾伯敬先生遺稿(ショウハクケイセンセイイコウ)』(55函9号) 版半全4巻附刻1巻4冊
 明版唐本の詩集。三河国和泉郷(現安城市和泉町)出身の武将で、洛北詩仙堂に隠棲した文人、石川丈山(1583~1672)の旧蔵
[8]『倭漢朗詠集私註(ワカンロウエイシュウシチュウ)』(41函20号) 版大全6巻1冊
 和漢朗詠集の古注釈書。松永貞徳の子で、近世初期の京の漢学者、松永尺五(せきご)(昌三、1592~1657)の旧蔵・書き入れ本。
[9]『浄瑠璃雋(ジョウルリセン)』(110函108号) 写中1冊(原装 47丁 20.0×12.8)
 幕臣で戯作者として名高い大田南畝(なんぽ)(蜀山人、1749~1823)が、浄瑠璃の名文句を集めて写した書。面白い書き入れあり。
[10]『資治通鑑綱目(シジツガンコウモク)』(28函80号) 版中160冊
 清版唐本の史書。医者の小石元瑞(1784~1849)の旧蔵書で、友人の頼山陽(1780~1832)による校正と名文の書き入れあり。


『鍾伯敬先生遺稿』




Ⅲ.草稿本の世界

 草稿本は書物の成立を考える上で重要な資料ですが、通常1点しかなく、また残りにくいものです。岩瀬文庫には様々の分野の草稿本類が、数多く集められています。

[11]『伽藍開基記(ガランカイキキ)』(109函32号) 写大全8巻8冊
 黄檗宗の来舶中国人僧が、日本の有名寺院についてまとめた労作の自筆稿本。
[12]『古今集遠鏡(コキンシュウトオカガミ)』(101函79号) 写中全6巻6冊
 本居宣長(1730~1801)による古今集注釈書。検閲用に申請した清書本。名古屋の本屋仲間認可直前に、江戸の本屋仲間に提出された。
[13]『冠辞考(カンジコウ)』(112函48号) 版大和綴大全10巻10冊
 賀茂真淵(1697~1769)による枕詞研究書。初版本に著者が詳細に訂正を書き入れる。真淵自身による不審紙(不審な箇所に唾で貼る付箋)も貴重。
[14]『都紋百華(ミヤコモンヒャッカ)』(112函66号) 写・版大全2巻1冊
 図案集の草稿本。木版彩色刷の絵本がどのように作られたのかを知る資料。
[参考出品]『都紋百華』(74函3号):版大2冊
 刊行された版本。


『都紋百華』




Ⅳ.奇書・珍資料の数々

 今年も続々と出現した「江戸面白本」の数々です。

[15]『後漢書(ゴカンジョ)』(109函42号) 版大全90巻志30巻34冊
 古活字版の後漢書。名古屋の漢学者岡田新川(1737~99)が不思議な縁により十数年をかけ、元通りの完全本に取り合わせた稀書。
[16]『蛛のふるまひ(クモノフルマイ)』(116函58号) 写半全2巻2冊
 国学者の随筆の名品。随所に良い描写あり。
[17]『京洛中洛外場帳(キョウラクチュウラクガイバチョウ)』(115函13号) 写特大2冊
 毎年五節句に洛中洛外を勧進して米銭を集めた「物吉(ものよし)」が、取りこぼしのない合理的な経路を詳細に記した帳面。五千石もの年収があったという。
[18]『祝部家改姓願大略(ハフリベケカイセイネガイタイリャク)・智彦貞■座論大略(トモヒコサダノリザロンタイリャク)』(113函31号の第10冊) 写大1冊  ※■=(德の旁)
 伊勢神宮神官をめぐる紛争の記録。筆者は一件の解決に奔走、当事者ならではの生彩ある描写あり。いつの世ももめごとは絶えない。
[19]『安永三方出府願書写』(113函31号の第1冊) 写半1冊
 これも伊勢の紛争記録。悪代官登場。
[20]『神勅垂教(シンチョクスイキョウ)』(110函37号) 写大5冊
 神がかりの少女に学問上の質問をして託宣を得るという、ちょっとあぶない奇書。
 著者矢野玄道(はるみち)(1823~87)は伊予大洲の国学者で、維新後は宮内省御用掛などを務めた。
[21]『竹園草木図譜』(109函40号) 写大22冊(有欠)
 クローバーが日本で初めて花開いた日の記録あり。これがツメクサの名の由来となった。著者、貴志(きし)孫太夫忠美(ただよし)(1800~57)は旗本で希代の好事家。
[22]『〈東都吉原(トウトヨシワラ)〉郭のいろは(サトノイロハ)』(119函193号) 版小全2巻2冊
 初心者のための吉原遊興指南書。生きたカネの使い方と、遊女への思いやりを強調する。遊廓の舞台裏に通じた粋人による著述。


『〈東都吉原〉郭のいろは』




Ⅴ.養生のススメ

 「こんな本」展の恒例となりつつある昔の養生本です。健康管理の参考にして下さい(ただし、内容が正しいかどうかは保証しかねます)。

[23]『禁好集(キンコウシュウ)』(111函76号) 写半横1冊
 食材の禁忌・効能の解説書。中世の食生活の実態を知る好資料。
 山犬・カワウソ・猿・猫・鼠・狸などなど、日本の野生動物は片っ端から人間の餌食となった。
[24]『習医先入(シュウイセンニュウ)』(102函90号) 写半全3巻3冊
 好い医者となる方法や、医者が酒・煙草・女・カネといかに接すべきか、懇切に説く。味のある体験談多し。いつの時代にあっても、こんな人間的な医者にかかりたい。
[25]『刪補長寿養生論(サンポチョウジュヨウジョウロン)』(100函6号) 写大全10巻6冊
 養生論の奇書。著者は伝不明、議論好きな饒舌家であったらしく、独自の宗教論や猥雑な話に大きく脱線する。
[26]『養生要論(ヨウジョウヨウロン)』(162函76号) 版半1冊
 名古屋の高名な国学者、鈴木朖(あきら)(1764~1837)による養生論書。著者自らの体験や見聞に基づき、率直に語られる。
[参考出品]『続養生要論(ゾクヨウジョウヨウロン)』(112函87号):版半1冊
 本書の続編で没後の刊。著者の遺詠「みそでのむ一盃酒に毒はなし すゝけたかゝに酌をとらせて」の模刻あり。


『禁好集』


本企画展図録のご紹介

A4 22ページ 110g 500円
完売いたしました。