文壇の趨勢

ぶんだんのすうせい136-1051冊

 近代のわが国を代表する文豪・夏目漱石の自筆原稿。文芸雑誌『趣味』の4巻1号(明治42年1月1日発行)に掲載された、「向後(こうご)日本の文壇はどう変化するか」というテーマの談話です。漱石は、全ての作を通読したのではないがと断りながらも、日本文壇は「楽観すべき現象に充(み)ちてゐる」と語ります。次々生まれている新進作家たちによる、従来のジャンル内における深みの競い合い・新興ジャンルにおける開拓の競い合い、この二種類の競争を経てますます作品が進歩してゆくだろう、と。

 さて、本稿は談話筆記(インタビューを記者が記事にしたもの)として世に出ています。よって本来なら漱石の自筆原稿があるのはおかしいのです。この不思議の訳は、談話をまとめた雑誌記者の筆記があまりに漱石の意図とかけ離れていたので、気に入らなくて全部自分で書き直してしまったに違いない(だから自筆原稿が残っている)と推測されています。漱石先生、ほかの機会にも「談話筆記なんて出鱈目なもの。勝手に記者がこしらえてしまうのだからたまらない」という趣旨のことを書いており、談話を求められることにはいささかご立腹だったようです。


「漱石山房(そうせきさんぼう)」(早稲田南町にあった漱石の家の呼称)とうぐいす色で印刷された特製原稿用紙に、マス目を無視した闊達なペン書きで綴られています。原稿は1枚1枚丁寧に裏打ちされ、保護表紙と薄い和紙の遊び紙がつけられています。